「それでは
様に不二様、景吾坊ちゃまをどうぞよろしくお願い致します。」
一見 人当たりの良い周助は福永や景吾からも気に入られた様子で、紹介した当人でもある
はホッと
胸を撫で下ろした。
学問的な面に関しては他に専門の講師がいるので、当初の予定通り周助は景吾の情操面での教育を
受け持つことになったのだ。
面接と称した簡単な顔合わせも済んで、特に午後からの予定もないという事で、早速今日が2人にとっての
アルバイト第1日目となった。
「それじゃ景吾くん、今日の授業は何をしようか?」
「…えっ…」
「記念すべき初めての授業なんだから、今日は景吾くんの好きなことをしようよ。…ね?」
『…その代わり、この次からは 僕のルール に従ってもらうよ。…いいね?』 等の恐ろしげな台詞が続いたら
どうしようかとヒヤヒヤしながら
は周助の顔をそっと覗き込んだが、幸いにも取り越し苦労に終わった。
「!じゃあ…じゃあ おれたま おそとにでたいぞ!」
「外ってことは…お屋敷の外かな?いいですか福永さん?」
景吾の目線の高さに屈んだままの姿勢で、周助は福永の方へと振り返る。
「外で……ですか?ふむ……しかし景吾坊ちゃまを外にお連れする際にはいつも護衛の者が……」
「…だめか?ふくなが。おれたま、せんせいとおそとでじゅぎょう やってみたいぞ。」
「ぼ、坊ちゃま……そんな子犬のような愛らしい瞳でじいを見つめられては…! (キュン) 」
景吾の ア○フル攻撃 に福永はもうノックアウト寸前だった。
「じゃあこうしようか景吾くん、今日の授業は僕の部屋でしよう。僕と
と景吾くんの3人だけでね。
…それならいいですか福永さん?」
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周助の部屋。
「うわあ…」
部屋中を飾る写真の数々に、物珍しさも手伝ってか景吾は夢中で見入っている。
「ふふ、けいごくん楽しそう。目に入るものすべてが新鮮なんでしょうね。」
「色々なものを見ることも立派な勉強のひとつだからね。ましてや普段から屋敷の外へは滅多に出ない彼に
とっては尚更だと思うよ。」
「そうね、私たちと過ごす時間はお屋敷では出来ないような、色々な経験をさせてあげられたらいいん
だけど…次からは何か遊び道具を用意しておこうかしら。」
「ああ、それならちょうどいいものがあるじゃないか。僕達2人がそれを使って景吾くんにしてあげられる事…
例えば、多少激しい運動をしても音の静かなベッドとか……ね? 」
「えっ…不二くん……きゃっ!」
不意にベッドに押し倒され、
は驚いたような表情で覆い被さる周助の肩を押し戻そうとする。
「ちょっ…駄目よ、不二くん……けいごくんが見てるわ…!」
「…言っただろう?色々なものを見ることも立派な勉強のひとつだって……ああ、僕は見られていても全く
気にならないし、むしろその方が興奮するから心配いらないよ
。」
「そんな心配誰もしていないわ不二く………んん…っ……」
**************************
「……ん、………くん、……不二くん! 」
「…はっ!…あれ
?…おかしいな… さっき脱がせた筈なのに…… 」
「……その話は後からじっくり聞かせていただくから今は福永さんの話に集中して頂戴 不二くん。」
お前の妄想かい! という何処からともなく聞こえてくる突っ込みはさて置き、周助が妄想ワールドへと
旅立っていた間も、福永は相変わらず景吾のうるうる攻撃に身悶えていた。
「やっぱり だめなのかふくなが…?おれたま いいこで ふくながのいうこと ちゃんときくから…」
「あぁっ…ずるいですぞ景吾坊ちゃま…!そんな潤んだ瞳で坊ちゃまにお願いされたとあればじいは…っ…
じいはもう ………… オッケぇぃぃぃぃいぃぃぃぃ!!! 」
景吾に向かって勢いよく親指を立てる福永の姿に、
は跡部家の行く末が心配になった。
「…決まりだね、さあ行こうか。暗くならないうちに…。」
「そとに…そとにでられるのか?」
「ふふ、よかったわねけいごくん。」
「それでは景吾坊ちゃま、お気をつけて行ってらっしゃいませ。お2人とも、お坊ちゃまをくれぐれもよろしく
お願い致します。」
周助と
に手を繋がれた景吾を見送りながら、福永が深々と頭を下げる。
「いってくるぞ ふくなが!」
「ええ坊ちゃま、我々は常に坊ちゃまの 半径1メートル以内に待機 しておりますので何なりと…」
「近いなオイ !!!」
必死でついて来ようとする福永をどうにか振り切り、近くの公園を通り抜けて繁華街へと足を運んでみる。
自由に外で遊ぶのは初めてなのだろう、景吾は街に溢れる何もかもが珍しいらしく、綺麗な蒼い目をキラキラと
輝かせてはしゃいでいる。
「はやくはやく!
!しゅーすけせんせーい!ふくながー!」
「福永!?」
思わず振り返ると、電柱の影から見覚えのありすぎる執事服がチラチラと見え隠れしていた。
全くどうしようもない爺さんだな…と諦め半分、3人は暫くの間ウィンドウショッピングを楽しんだ。
は右手で、周助は左手で手を繋ぎ、真ん中に挟んだ景吾に引っ張られるようにして街中を進む。
「…ねえ
、こうしていると 僕達… 夫婦に見えたりするのかな? 」
「きゃっ、そんなに走ったら危ないわけいごくん。…えっ?不二くん… 今何か言った? 」
「………。 ……なんでもないよ、フフフ。 」
(…はあ…ヒマやんなぁ……まああと30分足らずの辛抱やけどな……)
(おっ、そこのお姉ちゃんら仕事帰りかいな?うちの店で飲んでかへんか?サービスさせて貰うで。
……なんやねんな、冷やかしかいな。冷やかしはお断りやで。)
(…それにしてもまだ日も明るいっちゅーのに街中ホストまみれやな…あんなんでもホストになれるんやったら
俺でもいけるんちゃうんかコレ。 この丸眼鏡を活かして。 どないやねんなコレ。いけるんちゃうんか。)
(ちゅーか 今月の公共料金どないしよかな……先月遂にガスに続いて レベル2 (電気)までいってしもた
からな…こっちはバイトから疲れて帰って来とんのにスイッチ押してもライト点きよれへんねん。真っ暗闇やで。)
(しゃーないから手探りで引き出しからろうそく出して飯食ったっちゅーねん。部屋に俺1人しかおらんのに
無駄に ムード満点 や。涙でろうそくの明かりも滲むっちゅーねん。…まあ水道はまだまだいけると思うけど
ヤバいやんなぁコレ…そろそろヘルプ出さんと 部屋も真っ暗、俺の人生も真っ暗や…… )
(…先月は慈郎んとこに世話んなって、その前は確か岳人やな…アイツんち毎日毎日 唐揚げばっかり出しよる
からなあ…もしかしてアレか?もっと高う跳べるように FLY と FRY をかけとるつもりなんか?
こっちは油もんばっかりで跳ぶどころか終日胃もたれやっちゅーねん…。)
(朝は朝で納豆かけご飯と味噌汁やし、俺納豆は別に大丈夫なんやけどご飯にかけるんだけは勘弁して
欲しいわホンマ……)
(やっぱり今月は宍戸やな……日吉んとこは朝早う叩き起こされて道場の掃除手伝わされるし、…そういえば
最近全然肉食ってへんなあ……そや、鳳んとこやったら肉食わして貰えそうやし…よっしゃ後でメールしたろ。)
街角でブツブツと愚痴りながら居酒屋の客引きアルバイトをしていた忍足は、頬を紅潮させながら目を輝かせ
こちらをじっと見ている少年がいる事に気付き、思わず客引きの手を止めた。
(なんや、またエラい身なりのええ坊やな……ん?どないしたんや、オカンとはぐれてしもたんか?)
忍足と目が合い、少年はもういても立ってもいられないといった様子でこちらへと向かって飛び出してきた。
(…ちょ、急にそんな走ったら危ないで坊……って遅かったか……)
完全にこちらに気を取られていたせいで、少年は見事に忍足の目の前で転んでしまったのだ。
「………ぅっ……」
幸い、どこにも怪我はない様だった。涙目になりそうになるのをぐっとこらえながら立ち上がる。
「おっ、エライやん、ボウズ。そやな、男はこんくらいで泣いたらアカンもんな。…これ、使いや。」
忍足は景吾の前に膝をつくと、ポケットから取り出した テレクラのティッシュ を差し出した。
「…けいごくーん!…あっ、あそこだわ不二くん!大丈夫、けいごく…………!?」
「…っ……ちゃーん だ!おれたまの ちゃーん だ…!!」
駆けつけた
と周助が見たのは、景吾にしがみ付かれてあたふたとしている、 黒とも灰色とも
青ともつかない微妙な色合い の 巨大なクマ の姿だった。
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