昨夜の雨がまるで嘘のように、今朝は抜けるような青空が目に眩しい。
は身支度を整えると、昨日景吾の家庭教師にと推薦した友人の待つマンションへ訪れた。
「いらっしゃい、
。いい天気になってよかったね。」
「こんにちは、不二くん。」
柔和な笑みを湛えて
を出迎えたのは、彼女と同い年の不二周助だった。
まだ彼等が小学生だった頃、
の幼馴染みである佐伯 虎次郎と仲の良かった周助は、中学に上がる
少し前に虎次郎 の紹介で彼女と知り合った。
中学 ・高校 ・そしてお互い大学生になった現在も、同じ学部の同学科に在籍している。
「昨日はホントに驚いたよ…急にどうしたのかと思ったら、まさかそんな話になっていたなんてね。」
ブラインドから心地よい風が吹き込み、差し込む陽射しに透けた彼の色素の薄い髪がサラサラと揺れる。
彼の趣味でもある写真の整理でもしていたのだろう、部屋の中央に置かれたテーブルの上に散らばっていた
それらを片付けながら周助が言った。
「すぐ片付けるから、そこのベッドにでも座ってて。何なら 寝ててもいいんだよ。 」
「大丈夫よ、ここで待っているわ。」
いつもの事ながら、あえて周助の誘いには乗らず
はサラリと受け流した。
「お待たせ、さぁ…どうぞ。」
毛足の長いカーペットの敷かれた床に腰を下ろすと、 『 ここが
の指定席だろ? 』 と
言わんばかりの笑顔で、周助は 自分の膝 をポンと叩いた。
「ウフフ、ちゃんと用意してあるからお構いなく。」
「…………チッ 。 」
はガラステーブルを挟んだ周助の向かい側に回り、おもむろに 自宅から持参したクッション を
取り出すと、何事もなかったかの様にその上へ座った。
微かに舌打ちの音が聞こえたような気がしたが、
は気付かないフリをした。
「ごめんね、突然。不二くんがいい条件のアルバイトを探してるって話を、この間虎次郎くんに聞いたばかり
だったからつい……」
「そこで僕を思い出してくれて嬉しいよ。そんな特殊なバイト、滅多に経験出来ないだろうからね。」
『 それにそのバイト、君も一緒なんだろう? 』 という言葉は飲み込んで、周助は続けた。
「それにしても、5歳の男の子かあ…何だか裕太の小さい頃を思い出すね……… フフフ。 」
昔を懐かしんでいるのか、周助は何処か遠くを見ながら 本当に楽しそうな笑みを浮かべている。
「約束は1時だったよね?…時間までまだ結構あるな、お茶淹れて来るからちょっと待ってて。」
壁に掛けられた時計で時間を確認すると、周助は立ち上がった。
「あっ……ううん、お構いなく。」
「いいから。実家から姉さんが持ってきてくれたラズベリーパイがあるんだ。
、好きだよね?」
周助には10歳年の離れた姉と、ひとつ下の弟がいる。
姉の由美子は周助によく似た佳麗な女性で、占い師の仕事をしている。幼い頃から周助と仲の良かった
も、彼女の占いには過去に幾度となく世話になった。
「わあ、由美子さんのラズベリーパイ?嬉しいわ。」
「フフ、飲み物はミルクティーでいいかな。……あ、そうだ。良かったら待ってる間、話しかけてやってて。」
そう言って、どこからともなく周助が取り出したのは 巨大なサボテン の鉢植えだった。
「まあ……新しい子ね。……また随分、大きいのね…?」
目の前にドンと置かれた 3歳児の背丈 程あろうかと思われるサボテンが、容赦なく彼女の視界を遮る。
予想外の大きさ に、流石の
も少々戸惑いを感じつつ、鉢植え越しに周助を見上げた。
「 ヴィクトリア っていうんだ。
が話しかけてくれたらきっと喜ぶよ。」
「素敵、ローマ神話の勝利の女神と同じ名前ね。」
『 サボテンは話しかけてあげたり、いい音楽を聴かせてあげると良く育つんだよ 』と以前に周助が教えて
くれたことを
はぼんやりと思い出していた。
確かにその言葉通り、彼の育てているサボテン達は皆とても綺麗な花を咲かせている。
周助が席を外した後、
は部屋に入った時から気になって仕方のなかった、ベッドにさり気なく置かれた
YES ・ NO枕 (現在 YES 表示) を、 『 NO 』 がこちら側を向くよう引っくり返しておいた。
「……ふう、これでよしと。フフ、ごめんなさいねヴィクトリア。」
ようやく落ち着いて腰を下ろした
は、ヴィクトリアに昨日の出来事を聞かせてやった。
「…それでね、けいごくんが………あ、お帰りなさい不二くん。」
ふと顔を上げると、紅茶とケーキを乗せたトレーを手に、いつの間にか周助がドア近くに立っていた。
気配が全くしなかった 事実はひとまずさて置き、
はヴィクトリアを下ろしてテーブルを空ける。
「お待たせ。……フフ、2人でどんな話をしていたのかな?」
「ウフフ、それは…秘密よね?ヴィクトリア。」
テーブルにトレーを置いた時、周助が目ざとく 枕の変化 に気付いて 一瞬 開眼した が、
は
見なかった事にして、彼が目の前に並べてくれた美味しそうなラズベリーパイと温かいミルクティーに
『 ありがとう 』 と礼を言った。
「ずるいなあ……僕だけ仲間はずれかい?…ねぇヴィクトリア、僕にだけこっそり教えてよ。」
「いやだわ、不二くんったら……」
周助はティーカップを片手に、おどけた調子でヴィクトリアに話しかけている。
「…うん、……うん。 ……本当かい? ……へぇ……そうなんだ…? 」
あくまでも柔和な笑みは崩さず、周助が 只ならぬオーラ を纏いながらくるりとこちらを振り返った。
(………一体何を話したのヴィクトリア………。)
は背後にうすら寒い何かを感じながらも、それを彼に悟られまいと冷静になるべく、紅茶をひと口含んだ。
「……フフッ、なーんてね。
……びっくりした?」
「…。…もう、不二くんたら……相変わらずね。」
冗談めいた調子で言っているけれど、実は周助が 本気だった 事は長年彼の友人をやってきた
にはお見通しだった。
『…本当かい?』 のところで一瞬だが、周助の目が カッと見開かれた のを彼女は見逃さなかった。
そんな彼を見て、 …不二くんてやっぱり、侮れない人… と改めて
は噛み締めるのだった。
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