閑静な住宅街にある一軒の喫茶店、 『 Amphitrite 〜アンフィトリテ〜 』
店内はどこか懐かしい趣を感じさせるアンティークな調度品で統一され、まるで秘密の隠れ家を思わせる。
大学のすぐ近くという立地条件もあり、学生の間でも密かな穴場として人気があった。
特に看板メニューでもある日替わりケーキセットは、美味しい紅茶とケーキが手頃な価格で楽しめるとあって、
リピーターが後を絶たない。
「…
、今日のケーキも美味しいってお客さんたちに評判みたいだよ。」
下げた食器を片付けるべくカウンターに入った
に、叔父がそっと耳打ちする。
「本当、叔父さん?嬉しいわ。明日はどんなケーキにしようかしら……」
「
の案を取り入れて以来、明らかに客層がガラリと変わったからね。今まではどちらかと言えば私の
個人的な知り合いや常連客が多かったから。若いお客さんが急に増えて何だか店内が華やかになったなぁ。」
「うふふ、正に ナウなヤングにバカウケ だったみたいね。」
「
……私が言うのも何だが今時の子はあんまりそういう表現は使わないんじゃないのかい…?
…おっと、お客さんだ…任せてもいいかい。」
カランカランと扉の鐘音を響かせながら現れた見慣れた顔に、思わず
の顔が綻んだ。
「こんにちは、
さん。」
「いらっしゃい観月くん、今日のケーキはオレンジのパウンドよ。」
観月はじめ。学部は別だが
と同じ大学に通う2年生だ。
このティールームを通して先月知り合ったばかりなのだが、『 紅茶好き 』 という接点もあって、思いのほか
話がはずんだことがきっかけだった。
「…ふぅ、やはりここの紅茶はいつ来ても美味しいですね。」
観月のお気に入りは、 『 アンフィトリテ 』 お薦めのオリジナルブレンドティー。
以前、店の紅茶は
が煎れていることを話して以来、観月は毎日のように店を訪れては賞賛の言葉を
惜しまない。
そんな彼を
はとても律儀な人だと思い、好感を抱いていた。
「おや、そのエプロン…」
癖なのか、前髪をくるくると指でいじるいつものポーズで、観月が
のエプロンに視線を落とす。
「…あ、うん。新しいのに変わったの。…変かしら?」
観月が目を留めた、おろしたての真っ白なフリルのエプロンの端を軽くつまみ、
は小首をかしげた。
「いいえ、前のデザインも素敵でしたが…今のものも貴方にとても良くお似合いですよ。」
「ホント?ありがとう。観月くんこそ今日のブラウス、よく似合ってるわ。」
の言葉に観月はちょっと照れたように、「 ありがとうございます 」 と微笑んだ。
紅茶の茶葉選び という一見優雅な、反面 健全なる大学生男子としてそれはどうなんだ と
思わずにいられない趣味を持つ観月は、服のセンスもまた実に 個性的 だった。
ちなみに今日は、袖口と胸元にふんだんにレースをあしらった、まばゆいばかりの純白 (観月の好きな色らしい) の
ブラウスだった。
…そう、まるで某巨匠の永遠の名作 『 風と○の詩 』 のワンシーンが自ずと脳裏に浮かんでは消える
ような……。
(観月くんて本当に楽しい人……。)
2週間ほど前に遡るだろうか、偶然にも
が観月の秘密を 知ってしまったのは。
ちゃらららら ―― らら ― らら ― ら♪ ( 某オ○ラ座の怪人風着信音 )
「 すみません 」 と小声で謝罪しつつ、いつものスマートかつ優雅な仕草で胸ポケットから携帯を取り出した
観月だったが、画面を見た途端、彼の表情に明らかな動揺が走ったのを
は見逃さなかった。
『…何かあるな 』 と 彼女のシックスセンスが告げる。
培ってきたテクニック で観月に気取られないようにゆっくりと近くの席まで移動すると、彼らしからぬ
落ち着きのない様子でしきりに周りを気にしながら、口元を手で押さえて何やらボソボソと話す声が聞こえた。